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人間のように喋る人形(終)

 ひんやりした風が木々の梢を撫で、枯れ葉が数枚薄闇をサラリと舞い降りて、カサリと音を立てて着地しました。その枯れ葉の先に、おそらく夕食のスープに入れる野菜を摘んでいるのだろう、畑にしゃがみ込んだシルエットを一つナトゥは見つけました。そのシルエットは、落ち葉を踏む二人の足音に気付くとゆっくり立ち上がり、そしてそのまま動かなくなりました。
 ナトゥと、同行を快く承諾してくれた俳優志望の青年ビュシソーワがそのシルエットの前で足を止めると、コオロギの声だけが薄闇に流れました。道すがら、虫の声はたくさん聞きましたが、そのコオロギの合唱だけはナトゥが昔から聞いている懐かしい音でした。
「おかえりなさい」
 少し土のついた指先をエプロンで拭いながら、女性はやや頬を紅潮させながら言いました。
「ただ・・いま」
 ナトゥはちょっと口ごもりながら答えました。
 ドタドタドタッ・・・家の階段を駆け下りる音がして、玄関から少女が飛び出してきました。そしてナトゥにしがみつくと、大きな声で泣き出しました。
「お父さんが出ていったのは自分のせいだ、ってずっと思っていたのよ、キナは」
 妻のタイーズがそう言い終わるか終わらないうちに、キナの後から走って来た兄のトッフィが涙をこらえているのか、声をふるわせながら言いました。
「おかえりなさい、お父さん」

 苺ジャムをはさんだ小さなホットケーキ、フルーツや野菜を盛り合わせた大きな皿、そして野菜いっぱいのスープ。二ヶ月遅れの、キナのバースディパーティが始まりました。
テーブルを囲んだ4人の前では、俳優志望のビュシソーワがパントマイムを入れた寸劇を披露し、みんなを大笑いさせました。本人は人形を演じているつもりなのですが、どう見ても試作をくりかえしてやっと完成したけど思い通りに動いてくれないロボットにしか見えませんでした。
 寸劇が終わると、ナトゥが話し始めました。やっとの思いで探し当てた巴世里村、出会った4人の人形達、不思議な出来事。みんなは「ええーっ!!」とか「うそーっ!!」とか言いながら聞いていましたが、信じたかどうかはわかりません。
 そしてその長い話は夜中まで続きました。
「いつも9時には明かりを消して寝てしまうのに今夜はどうしたんだろう?」と、隣のケンチン家の息子は窓の外をチラチラ見ながら思うのでした。
ナトゥの家


「こんな日はカゼが来るかも知れない」
 読んでいた本を閉じるとナトゥは手を伸ばし、右側の窓を少し開けました。ふんわりした風がナトゥの頬を包み、窓の桟にたまっていた埃がふわっと舞い上がりました。
カゼというのは、巴世里村で一番強い精霊。村を行き来できる唯一の精霊らしい。一年に数回ナトゥの所に来て、ちょっと話をして行くのです。新しい住人が増えた、とかオレンジ姫が誰々と付き合っているとか、そんな他愛もない話です。
 10年前のあの夜、結局ナトゥの話を誰も信じてはくれませんでした。つじつまは合っているけどめまいの後に小さくなる、その辺がどうも信じがたい、きっと何処かで寝込んでしまってその時見た夢の話をしているのだろう、みんなはそう思う事にしました。
 ところがその夜から1年ほどたったある日、書棚の整理をしていたナトゥの所にプランターをかかえたキナが走ってきました。
「お父さん、見て! これ見て!」
 キナが差し出した長さ30cmほどのねずみ色のプランターには、緑色の草らしきものが数本生えていました。よく見ると、1本はパセリのようだが小さすぎる。小さい白い花が咲いている。普通パセリは5~60cmほどに成長してから花を付ける。という事はこのパセリはこれ以上大きくならないという事なのだが、丈は20cmほどしかない。その隣にべたーっとしているのはレディースマントルだろう。ゴマ粒より小さな黄色い花を付けている。
 巴世里村から持ち帰ったおみやげの種をキナが蒔いたのだがなかなか芽が出ないので軒下に置いてほったらかしにしていて気がついたらこんなになっていた、という事らしい。
「ほんとにあるのかなぁ・・巴世里村・・・」
 そんな事をぶつぶつ言いながらキナは部屋を出て行きました。
 巴世里村は本当にあるんだよキナ。もしまた巴世里村に行くような事があったらオレンジ姫に聞いてみよう。なぜ種だけが小さいままだったのか。

 そんなキナは今19歳、ちょっと遠くの町の病院で住み込みで働いていてここにはたまにしか帰って来ません。
 兄のトッフィーは学校を出た後母親の家庭菜園を手伝っていましたが、そのうちハート型のトマトとか白いピーマンとか珍しい野菜を作って近くのレストランに持っていったらこれは面白いと高値で買ってくれ、それが口コミで広がって遠くのレストランやホテルからも注文が来るようになり、近くに土地を買って農園を作り、今では従業員を何人か使うようにまでなりました。
 ナトゥはといえば町役場を辞めた(というよりクビになった)後、近くの空き家を借りて本屋を始めました。最初は冒険小説とか童話とか子供向けの本を置いていたので子供の客が多かったのですが、そのうちその親も来るようになり、そうすると妻のタイーズがお茶を出すようになり、簡単なテーブルセットを置くようになり、大人向けの本も置くようになり、今では村の憩いの場になっています。
 収入はかなり減りましたが、誰も文句を言いませんでした。それどころか却って子供たちは家の手伝いをするようになりました。
 ナトゥはゆっくりと腰を上げ、窓際に立ちました。相変わらず楽しそうにタイーズが野菜の苗を植え付けています。
「これで良かったんだ。後悔はない・・」
 その時、ひゅっと上の方で音がしました。
「来たな・・」
 いつもはついでにちょっと寄ってみただけだよ、とでもいうように一言だけ、しかも聞き取りにくいざわざわした声なのでナトゥが「何て言ったんだい?」と聞き返すとホヘッホヘッと楓の木の向こうに消えていってしまうに、今日のカゼは違っていました。
 ひゅーっと窓の外に降り立つと、くるくると草交じりの土を舞い上げ、ざわついた声で言いました。
「ミソジュールさん、巴世里村に来て下さい」
「え?」
「翔が、あなたの助けが欲しいと・・びゅっ」
 翔が私を? 何だろう? 何があったんだろう? ナトゥはドキドキしました。
「私が巴世里村までお連れします。さぁさぁ、早くして!」
 カゼはゴウゴウと足踏みをしました。
 考えている暇などない。ナトゥは部屋を出て畑に向かって走り出しました。
「タイーズ! タイーズ!」
 麻紐で支柱に胡瓜の苗を結び付けようとしていたタイーズは、大声に驚いて足元の苗を踏みつけそうになりながら振り向き、息せき切って嬉しそうに走ってくる夫の次の言葉を待ちました。
「タイーズ、巴世里村に行こう!」
「え・・・?!」

 初夏の風が、支柱に片方だけ結び付けられた麻紐をふるふると揺らしました。   (終) 



あったかハーブティーセット


theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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