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人間のように喋る人形(8)

 遠くの方で音がする。チ・・チ・・チチチ・・・ピチュ・・ピチュ・・・。ああ、すずめの声だ。朝か。妻のタイーズは、もう起きて畑の水やりをしているだろう。私も手伝おう。最近畑仕事の手伝いをしてなかった・・・。
 まぶたをゆっくり開いたナトゥの目に映ったのは、少しオレンジ色がかった白い空でした。ナトゥは仰向けのままぼーっとその空をしばらく見つめた後、ゆっくり上半身を起こしました。
 オレンジ色の正体は、遙かな山の合間からのぞく朝日。それが夕日でない事は、草原を包むひんやりとした空気と、その匂いでわかりました。
「帰ろう・・・」
 そうつぶやいて立ち上がろうとした時、さっきまで頭を載せていた枕代わりのリュックサックがふくらんでいるのにナトゥは気付きました。それはカーキ色のしっかりした生地で作られている、サイドにそれぞれ一つずつと後に一つポケットが付いている何処にでもあるようなリュックで、家を出た時から主に食料品を入れるために背負っていたのですが、その食料も持ち金も尽き、空腹で歩くのさえ困難になったナトゥには空っぽのリュックさえ重く感じられ、確か三つ目の谷の小石がゴロゴロしている岸辺に捨ててきてしまったはずの物でした。
 ファスナーを開けてみると、日持ちしそうなパンと缶詰、缶入りの飲み物などが入っていました。
「ありがとう」
 ナトゥは森の方に向かってペコリと頭を下げました。
 そう、この場所だった。あの古本屋の小太りの店主が教えてくれたこの場所から、東へ真っ直ぐ歩き続けた。あの巴世里村に、いつかもう一度行きたい思う事があるだろうか? 私と話してくれたのは三人だけだったけど、他にも住民がいるようだった。その人たちにも会ってみたい気がする。子供達に話したら、連れて行って、と言うだろうか? その時のためにこの場所をよく覚えておこう。
 そんな事を考えながら歩いて約一時間。赤や黄色に紅葉した木々の合間に、民家の屋根がちらほら見えてきました。その先を左に曲がると小さな駅がある。そこから電車に乗れば故郷まで一日で着く。歩いて行けば三日かかる。
 でもナトゥは歩く事に決めていました。もちろん運賃の手持ちがない事が理由ですが、それより、もうちょっと旅人でいたい、という理由の方が大きかったかも知れません。
 旅の目的は「人間のように喋る人形」を探す事だったけど、今思うとそれは現実から逃げる口実だったのかも知れない。学校を出て町役場に就職し、結婚して子供が出来て、家族を守るために一生懸命働いて・・・。そんな生活が明日もあさってもその次の日も、ずっとずっと、一生続くのか・・・。
「これでいいのだろうか? 何か忘れて来てないか?」
 そういう思いが芽生えてしまった以上どうしようもない。もう旅に出る他ないのだ。
 旅をして、巴世里村で不思議な体験をした。見えなかったけど精霊にも出会えた。良かった。他に何て表現していいのかわからない。とにかく良かった。この気持ち良さを、もう少しだけ引きずっていたい。
 ナトゥは時折足を止め、道端の木々や草花や小さな虫に話しかけ、空を仰いで宇宙の風を感じ、飛び交う鳥の羽音やさえずりに耳をかたむけ、そんな風にしながら一歩ずつ一歩ずつ現実に向かって歩いて行くのでした。

紅葉の道

「ありがとうございました」
 ナトゥは深々と頭を下げました。
 巴世里村を出て最初の夜は、見知らぬ畑の積み上げられた陸稲の中に入って夜露をしのぎましたが、二日目の夜は雨がごーごー降っていたので、通りがかった民家に駆け込みました。納屋でも鶏小屋でも牛小屋でも構わないので泊めて欲しいと言うナトゥに、その家の老夫婦は、孫の部屋が空いてるからと二階の小部屋を提供してくれました。その上、夕食にチキンの入ったシチューを、朝食には野菜スープをごちそうしてくれたのです。何もお礼が出来ないというナトゥに、では旅の話を聞かせて欲しいと老夫婦が言うので、旅人は巴世里村の話をしました。旅人歴2ヶ月ちょっとの旅人は、世界中を歩き回った旅人になったような気分で話をしました。老夫婦は、目を輝かせて旅人の話に聞き入っていました。
「またこの辺に来たら寄って下さい」
 そう言うと老婆は、手作りのイチゴジャムが入った瓶をナトゥに渡しながら微笑みました。
「本当にありがとうございます」
 ジャムの瓶をリュックにしまうと、ナトゥはもう一度頭を下げました。
「夕方には着くだろう」
 雨雲が、まだ降らし足りないとでもいうようにのろのろと東へ流れて行きます。雨に打たれてぴしゃーっと地面に貼り付いていた雑草が、頭をもたげ始めました。
 ナトゥは、我が家に続く水たまりだらけのあぜ道を歩き出しました。


 西の空が茜色に染まる頃、見覚えのあるクヌギの木が見えてきました。はしっこが壊れて地面に突き刺さっている白い柵は、乳牛をたくさん飼っているツユダーク農場の物。茶枯れた細い茎が風に吹かれてサクサク音をたてながら広がっているのは、ポタジュさんちのアスパラ畑。
「あ、そうだ!」
 クヌギの木の横を通り過ぎた時、ナトゥは思い出したように足を止めて2、3歩引き返し、やや下り坂になっている細い道を駆け降りていきました。巴世里村で最後にアルフォンスが言った言葉を思い出したからです。
「『人間のように喋る人形』がだめなら『人形のように喋る人間』でもいいんじゃない?」
 この先の水車小屋の近くに俳優志望の青年が一人で住んでいて、ナトゥが役場に勤めていた時に「何か仕事があったら下さい」と訊ねて来た事が何度かあったのです。


 あの林を過ぎれば懐かしい我が家が見えてくる。妻や子供達は元気でいるだろうか? そう言えば最近妻は隣村のでかい農場の息子と親しくしているようだった。この前彼が来た時は、ハート形のトマトの話で盛り上がっていた。今度苗を持ってきてあげますよ、なんて妻に言っていた。その後どうなったろう。子供達も、彼にはよくなついていた。二ヶ月も音沙汰のない父親の事などとっくに諦めて、私より10歳も若い彼をパパなどと呼んでいたりしないだろうか? 妻も私が帰ったらどなたですか?なんて聞きやしないだろうか?
 まぁいい。その時はまた旅に出よう。今度こそ本物の旅人になろう。

                     「人間のように喋る人形(終)」につづく





theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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