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人間のように喋る人形(7)

 薄紫の霧の向こうにぼんやり揺れている大きな光は太陽だろうか。木々や草花の薄く長い影に、時折流れ落ちる朝露の滴が吸い込まれて行く。
 この太陽は本物だろうか? 私が故郷で見る太陽と同じだろうか? いや、この村は精霊の村。何でも出来る精霊たちが作った村。太陽の一つや二つ簡単に作れるだろう。人形を人間に変えてしまうほどの力があるのだから。
 それに気付いたのは昨日の夜。目の前にいる少年少女が、ずっと探し求めていた「人間のように喋る人形」だったなんて。
 それからナトゥは長い話をしました。
 学校を出てからずっと地元の町役場に勤めていた事。2年前に「苦情係」の課長に抜擢された事。給料は増えたが忙しくて家族と過ごす時間が減ってしまい、1年に1度の二泊三日の家族旅行が出来なくなってしまった事。それが原因で子供達に嫌われてしまった事。
「いやいや、夜中だろうが休みの日だろうが構わず電話してくるんですよ。誰それさんちの塀が壊れそうだ。川に杖が落ちた。入れ歯が見つからない。ほとんど一人暮らしのお年寄りからでしたけどね。これは苦情係担当じゃないだろー、って思いながらも出かけて行くんですよ。仕事だから。そりゃあ家族だって嫌んなりますよ。それでも12歳の息子トッフィは挨拶ぐらいは返してくれるんです。でも今年9歳になる娘のキナはまるで私がいてもいないような態度をとるんです」
 ナトゥはふうっとため息をついてからオレンジ姫が煎れてくれたカモミールティーを一口すすると、話を続けました。
「でね、キナの誕生日に、9月が誕生日なんですけどね。で、プレゼントは何が欲しいかそれとなく妻に訊いてもらったんです。そしたら『人間のように喋る人形』って。ボタンを押して『おはよう』とか喋るんじゃなくて、ちゃんと人間のように会話してくれる人形。そんな人形いるかなぁ、って思いながら、でもすぐに見つかるんじゃないかって気もしていて、3日間、何とか有給休暇取って・・はぁっ・・長い旅になってしまいました。何度もあきらめようと思いましたよ、そりゃあ。でもやめられなかった。役場はとっくにクビになっている。家に電話がかかってくる『ご主人はおられますか?』すると妻は答える『あの人は今旅に出ています』子供達もこう答える『パパは今旅をしています』はははっ」
 ナトゥはカモミールティーをゆっくり飲み干しました。
「娘の誕生日はもうとっくに過ぎてしまいました」
カモミールティー


 帰れなかったのじゃなく、帰りたくなかったのかも知れない。
 いつも笑顔を絶やさなかった妻も最近笑わなくなった。子供達は寄りつかなくなった。でも、野菜以外の食料、洋服は買わなくてはいけない。学費や税金も払わなくちゃならない。だから仕事を辞めるわけにはいかない。そんな現実世界に帰るくらいなら、このままずっと旅人になっていた方がいい。
 そんな事を考えながら雑草の入り交じった柔らかい芝生を踏むナトゥの足取りは、決して重くはありませんでした。
「おみやげっ」
 挨拶をしようと足を止めて後を振り向いたナトゥに、口を紐できゅっと締めた巾着型の布袋をオレンジ姫が差し出しました。ナトゥが受け取り、紐をほどいて中を見てみると小さな紙袋が5、6個入っていました。手を入れて紙袋を触るとツブツブ、ジャリジャリしていました。
「種ですか?」
 ナトゥが訊ねました。
「そう、ラベンダーとレモンバームとパセリと、それから、えーと・・あ・・忘れちゃった」
 オレンジ姫は首をちょっとすくめ、うふふふっと笑いました。
「すみません、せっかく来ていただいたのに」
 オレンジ姫の後にいた翔がぼそっと言いました。
 昨夜、ナトゥの長い話が終わった後、短い議論がありました。オレンジ姫を連れて帰りたい、というナトゥ。オレンジ姫が村からいなくなると困る、という翔。大丈夫よ、というオレンジ姫。そして、三人の意見をずっと聞いていたアルフォンスが放った一言で、その議論はあっけなく終わったのでした。
「でもこの村を出たら喋れなくなっちゃうよ」
 そうなのです。この村にいる人形達は、精霊の力が働いているこの村でしか人間のように行動できないのです。この村を出たら、オレンジ姫は30㎝くらいの何処にでもいるセルロイド人形になってしまうのです。
「いえいえ」
 無表情でややうつむき加減の翔に、ナトゥは話し始めました。
「昔、子供の頃にね、こんな感じの村に行った事があるんです。君たちみたいな人形じゃなかったけど、動物達だったけど、人間みたいに二本足で立って歩いて、もちろん人間みたいに話しもする。本の中だったか、夢の中だったのか定かではないんですけどね。ずっと忘れていました。この感じ。これを娘へのプレゼントにします。この感じを持って帰って、全部話してあげます。聞いてくれるかどうかわからないけれど。だから・・ありがとう・・あっ!」
 ぺこりと頭を下げたナトゥは自分の靴が黄色い花を踏んでいるのに気付き、あわてて飛び退きました。
「うわーっ、申し訳ない」
 ナトゥはしゃがみ込み、地面にペタッと貼り付いている黄緑色の細い茎を起こそうとしました。
「平気よ、強いから」
 オレンジ姫が言いました。
「これは何という花ですか? 見た事ないな・・」
 ナトゥは訊ねました。手の平を大きく広げたような大きな緑色の葉、その間から放射状に細い茎が伸び、そこからさらに枝分かれした茎に黄色い可憐な花が散りばめられています。 
「レディース・マントルというハーブよ。『聖母マリアのマント』という意味ね」
 オレンジ姫が答えました。
「レディース・マントル・・へぇ・・妻が喜びそうなハーブだな」
 ナトゥは葉っぱの端をつまんで、葉の上の銀白色の雫をころころ転がしてみました。
「その種なら俺んちにあるよ。待ってて!」
 翔とオレンジ姫の後でうろうろ歩き回っていたアルフォンスが、そう言うなり村の中心目指して走り出しました。呆気に取られたナトゥは、少年の後ろ姿を少しの間見やっていましたが、そのうち、青い屋根の城とその周りを囲む木々や草花を名残惜しそうに眺め回しました。
「はいっ」
 すぐに戻って来たアルフォンスが、少しくしゃっとした茶色の小さな紙袋をナトゥに手渡しました。
「ありがとう」
 ナトゥはオレンジ姫にもらった布袋の中にそれをしまうと、思い出したように顔を上げました。
「あ、そうそう、聞きたいって思ってた事があるんですが・・」
「何ですか?」
「なに?」
「なぁに?」
 翔とアルフォンスとオレンジ姫が、ほぼ同時に聞き返しました。
「この村を作ったのは人間だって言ってましたが、その方は何処のどなたですか? 出来ればお逢いしたいのですが」
 この質問に、三人は困ったように口を閉じ、沈黙が流れました。
「それは僕たちにもわかりません。知っているのは一部の精霊だけです」
 翔が静かに答えました。
「ああ、そうなんですか。」
 ナトゥは残念そうに、それでも笑顔を三人に向けながら、うんうんとうなずきました。
「え? あ、そうなの。うん、わかった」
 突然、オレンジ姫が自分の左上の方に向かって話しかけました。
「ナトゥ・ミソジュールさん、カゼが森の外まで送ってくれるって。あ、カゼって、この村で一番強い精霊」
 ナトゥには見えませんが、どうやらオレンジ姫の左上に、そのカゼという精霊がいるようです。
「ありがとうございます。何から何まで本当に」
 ナトゥは深々とお辞儀をしてから、またうんうんうんとうなずき、それから薄紫の霧に向かって歩き出しました。三歩ほど歩いた所で、この村に足を踏み入れた時と同じようなめまいに襲われ、ナトゥはその場に倒れ込みました。

                「人間のように喋る人形(8)」につづく



theme : 自作小説
genre : 小説・文学

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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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