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人間のように喋る人形(4)

「ご存じかと思いますが、この村は5つの森と4つの谷と3つの沼を越えた所にあります。東西南北どの地点からでも、それらを越えなければたどり着けません。それがどういう事かおわかりですか?」
「えーと・・・」
「つまり、5つの森と4つの谷と3つの沼はほぼ円形にそれぞれを囲むように広がっていて、そのちょうど中心がここなのです」
「あ、なるほど」
「そういう場所は地球上ではここだけで、そしてそこは、精霊が支配する空間です」
「精霊?!」
 ガタッ!と音を立てて、ナトゥは立ち上がりました。そのまま天井を突き抜けて、シュボシュボシュボッと宇宙にまで飛んで行きそうになりました。
 初めて「精霊」に出会ったのは、何歳の頃で、何という本でだったか忘れてしまったけれど、本気で存在を信じていた。精霊とか妖精とか、巨人とか小人とか魔法使いなんかに、いつか必ず逢えると信じていた。なぜ、いつの間に、記憶から、心の中から、消え去ってしまっていたのだろう? ナトゥは両手で顔をおおい、両方の中指で、涙が出そうになる目頭を押さえました。
「あの方は偶然この場所を見つけ、精霊達の許可を得てこの村を作り、僕たちを住まわせたのです」
 ナトゥはもう、疑う事をやめていました。「信じたい」という気持ちが、なつかしさやときめきなんかを味方にして、ぶわっ!と大きくふくらんでいました。
「精霊達は、人間に不可能な事を簡単にやってのけます。あの方はただ彼らと対話が出来る、というだけの事です。何かお探しですか?」
 椅子に戻ったナトゥは、顔は正面を向いたまま、目だけを上下左右にうろうろさせていました。ここなら、精霊がいるここなら、きっといるに違いない、そう思ったら目が勝手に捜索を始めていました。と言っても、ナトゥの右側にやや大きなチェストが一つあるだけで、「俺はどんなにぐちゃぐちゃした部屋でもお宝がどこにあるか探し当てられるぜ」と自慢する泥棒が見たらがっかりするようなガランとした部屋でしたが。南側と思われる壁には窓が二つ、それぞれ薄いブルーのレースのカーテンが掛けられていて、二つの窓の間には白い額に入れられた風景画が一枚飾られています。
 玄関を入って真っ直ぐ十歩ほど歩いた所に二階に続く階段があり、右側がこの部屋、左側にキッチンがあります。なぜキッチンだとわかったかというと、少年がここからティーセットを運んで来たからです。開けっ放しのドアからキッチンの内部が少しだけ見えますが、この部屋と同じようにサラッとしているような感じです。
「あの・・・ですね」
 ナトゥは思い切って訊ねる事にしました。膝の上に置いた両手の拳に、期待を握りしめて。
「あの・・・ここに『人間のように喋る人形』がいる・・・と聞いてきたのですが・・・」
 少年は一瞬驚いたような顔をしました。少年のこんな表情を初めて見たので、ナトゥの方も驚きました。同時に不安が少し拳の中に入り込みました。
「『人間のように喋る人形』ですか。それなら、いますが、ここに」
「本当ですか!」
 ナトゥはまたガタッと音を立てて立ち上がりました。
「髪がくりくりっと長くて、レースとかフリルとかついた綺麗なドレスを着てて、そんなかわいい女の子の人形がいますか?」
 少年は少し考えているようでしたが、しばらくするとススーと椅子が床をすべる音がして、立ち上がりました。
「どうぞこちらへ」
 少年はナトゥに軽く会釈をしてから、キッチンの方に歩き出しました。ナトゥは、はしゃぐ少年のような足取りで少年の後に続きました。
 キッチンは思った通り、サラッとしていました。右側に簡単な作りのシンクが一つ、左側には食器棚、中にはお皿が数枚とグラスが数個、それだけでした。ナトゥが「食事はどうしているのだろう」などと考えながら歩いていると、少年が突然立ち止まり、後ろを振り向きました。ぶつかりそうになったナトゥは前に出そうとしていた右足を「あらよっ」と後ろに戻したので、衝突は避けられました。
「申し遅れました。僕は翔(しょう)といいます」
 ナトゥはしばらく動けませんでした。30㎝ほど間近で見た少年の顔があまりに白くて綺麗だったからです。確かに若い頃は血管もそれほど目立たないし、シミやほくろも多くないですが、ニキビ跡も蚊に刺された跡もない、まるで大きなゆで卵の殻をむいてそれに凹凸を付け、そこに目鼻口をくっつけたとしか思えないすべっとした肌を、ナトゥは見た事がありませんでした。
 カチャッと音がして、柔らかな光とかすかなハーブの香りがキッチンに流れ込んで来ました。3mほど先に、外に出ようとしている翔の後ろ姿を見つけると、ナトゥは急いで駆け寄りました。
 そこは花園でした。チューリップに薔薇、ひまわり、すずらん、ラベンダーなどがそれぞれかたまって、あるいは数本ずつ離れて、雑草(いや、雑草という言い方はふさわしくないかも知れない。だいたい何をもって雑草とそうでないものとを区別するのだ? 地面から芽を出して葉を付け花を開くのはチューリップや薔薇と同じじゃないか)と一緒に花を咲かせています。右側には桜が満開で、左には山ぶどうがおいしそうに実っています。ナトゥが家を出たのは9月の初め頃でした。ナトゥの国もそうですが、北半球のほとんどの国では今は秋のはずなのです。この庭には季節がない。でも、今のナトゥはそんな事で驚いたりしませんでした。ここには「人間に不可能な事を簡単にやってのける精霊」がいるのですから。
 植物達の隙間には細い芝生の道があり、道の先にオレンジ色の屋根の小さな家が見えます。その家からやや離れた場所にもう一件、そのずっと奥の方にも一件、ナトゥの位置からは三件の小さな家が見えました。オレンジ色の家の玄関に近づいた時、翔は突然立ち止まり、右下の薔薇の茂みに目をやりました。ナトゥも、翔の視線の先にある、ピンクとオレンジ色と白の薔薇がからまっている茂みを見つめました。
「何をしているのですか?」
 翔は薔薇達に声をかけました。するとオレンジ色の薔薇がゆらゆらと揺れ、そこからかわいい女の子の顔がじわーっと現れ、唄うようにつぶやきました。
「わたしは薔薇、わたしは薔薇、わたしを呼ぶのはだ~れ? 甘い香りの誘惑に負けたミツバチさん? それともロマンチストの王子様?」
 翔は、驚いて目と口をぱっくり開けているナトゥの方に振り向き、こう告げました。
「オレンジ姫です」

オレンジ姫

                                    人間のように喋る人形(5)につづく





 

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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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