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人間のように喋る人形(6)

「気になさらないで下さい。久しぶりのお客様なので、二人ともはしゃぎすぎているのです。それで・・・」
 翔はそう言うとナトゥから視線をはずし、まぶたを半分ぐらい閉じました。ナトゥは、とろけそうなラム肉をほとんど噛まずにゴクリと飲み込んでから、次の言葉を催促するかのように翔の顔を見つめました。翔のほぼ真上にある、ランプを三つくっつけたようなシャンデリアから伸びた光が、長いまつげの影を白い頬の上にまで落としています。
「それで、オレンジ姫は気に入りましたか?」
 後ろの二人の口論の中心はオレンジ姫が化けていた薔薇の種類に移っていましたが、翔のその言葉にピタリと口を閉じ、同時にナトゥの方に視線を投げました。翔は半分閉じたまぶたの下のグリーンの瞳で、のぞき込むようにナトゥを見つめています。

6本の視線

 ナトゥは、6本の視線が顔面と後頭部に突き刺さるのを感じ、黄金色に輝くフルーツトマトに伸ばしたフォークをツツツーと引っ込めました。突然空気の流れが止まったような気がして、ナトゥは少し戸惑いました。なぜ翔はこんな質問をするのだろう? 誠実で賢そうなこの少年を信じ、ここまで素直に着いて来た。なのに「オレンジ姫を気に入りましたか?」とはどういう事だ? 何だか腹立たしいような悲しいような、変な気持ちがしました。もしかしたら翔は質問を間違えているのか? それとも、私にではなく他の誰かにした質問なのか?
 そこでナトゥは確かめてみる事にしました。
「え? 私が・・・ですか?」
「はい、オレンジ姫は気に入りましたか?」
 例えば、洋服屋に新しいスーツを買いに行って、試着室から出てきた私に店員がもみ手をしながら「気に入りましたか?」と訊ねる。理髪店に行って「お任せ」で散髪してもらい、終わってから理容師が鏡に映る私に向かって「いかかですか、気に入りましたか?」と訊ねる。私が今まで経験した「気に入りましたか?」はだいたいそんな感じだ。
 自分のスーツや髪型なら、思いっきりわがままに気に入る入らないを答えられる。だが今回の「気に入りましたか」はちょっと様子が違う。女の子を、自分の娘ぐらいの歳の少女を気に入ったかどうか訊かれたのは、生まれて初めての事だ。それに、この張りつめた空気は何だ?
 あ、もしかしたらこれは謎解きみたいなものなのかも知れない。ナトゥは、子供の頃何かの本で読んだ、旅人とスフィンクスの話を思い出しました。通りかかる旅人にスフィンクスがなぞなぞを出し、答えられなければ旅人はそれ以上先には進めない、という話です。
 なぜそんな事を訊くのか、と翔に訊き返す事も出来ました。でも今のナトゥは何だか勝負したい気分でした。
 研ぎすまされたような静寂が四人を包み、この部屋全体、いやこの村全体がナトゥの答えを固唾を呑んで待っているような、そんな気配が漂い始めていました。その沈黙を、やや低めのナトゥの声が破りました。
「はい、とても。賢そうでかわいいお嬢さんですね。うちの娘と同じくらい」
 ナトゥが言い終わると同時に、「あーっ」と「おーっ」が混ざり合ったような声が外の方から聞こえました。それは人々のざわめきのようでもあり、森を揺らす風のようでもありました。ナトゥは驚いて翔の顔を見、それから振り向いてオレンジ姫、そしてアルフォンスの顔を見ました。三人とも、さっきと同じポーズにさっきと同じ表情で、身動き一つしません。今のは空耳だったのだろうか? とナトゥが思い始めた時、翔が口を開きました。
「わかりました。でもそれにはちょっと・・・問題があります」
 おそらく、この家に「人間のように喋る人形」がいて、そしてその人形はオレンジ姫が大切にしていて、手放したくないと思っているに違いない、ナトゥはそう推理し、「ナトゥ・ミソジュールさんにならこの人形を譲ってもいいわ」と思わせなくてはならない、という結論から出た回答だったのですが、それがスフィンクスの満足する答えだったのかどうかはわかりません。しかし、この関門を通過する事は出来たようでした。
ナトゥのそんな思わくをよそに、翔は話を続けました。
「イチゴマジューというのは、オレンジ姫と一番仲のいい精霊です。イチゴマジューは彼女の言うことしかききません。というか、この村で精霊と会話出来るのはオレンジ姫だけなのです。あなたがこの村に向かっている事を知らせてくれた第二の谷の精霊も、オレンジ姫にだけその事を伝え、彼女が僕たちに伝えた、という訳です」
 翔はそこまで言うと、ふうっとため息をつき、窓の方を見ました。カーテンの隙間からのぞく外の風景は、薄い闇に包まれていました。そろそろ日が暮れる。今夜はここに泊めてもらう事になるかも知れない。泊めてもらえるだろうか? ナトゥはちょっと心配になりました。
「僕にもアルフォンスにも精霊の姿は見えるのですが、話しかけても答えてくれません」
 翔はナトゥの方に向き直り、相変わらず伏し目がちでぼそっと言いました。
「翔は真面目すぎ、アルフォンスは不真面目すぎるからよ、ねっ」
 オレンジ姫が、自分の左下の空間に向かって話しかけました。
「そうか、お前は真面目でも不真面目でもない中途半端な奴が好きだったのか」
 アルフォンスが、オレンジ姫の左下の空間に向かって言葉を投げました。その空間にはきっと精霊がいるのだろう、とナトゥは直感しました。オレンジ姫と仲のいいイチゴマジューという精霊だろうか? ナトゥは目を広げたり細めたり首を傾けたりして精霊の姿を探しましたが、そこにあるのは透き通った空間だけでした。
 オレンジ姫がまた腰に両手を当ててアルフォンスに何か言おうとしましたが、翔の言葉がさえぎりました。
「オレンジ姫がいなくなったら、精霊たちは・・・」
「大丈夫、パープル屋敷のパップルがいるわ。彼女なら精霊たちに気に入られてる」
と、オレンジ姫。
「あの娘はこの村に来たばかりだし、まだ言葉もちゃんと話せないよ」
と、アルフォンス。
「あのぅ・・・オレンジ姫はどこかへ行かれるのですか? あ、もしかして結婚されるとか・・・」
と、ナトゥ。ナトゥにとってはどうでもいい事でしたが、何だか話の中に入りたい気分でした。
「えっ、あなたが連れて行かれるんじゃないんですか?」
「へっ、あんたが連れて行くんじゃないのか?」
 翔とアルフォンスがほぼ同時に喋りました。
「えっ、わたしがオレンジ姫を連れていくんですか?」
 いつの間にそんな話になっているんだ? そんな事言った覚えはないぞ。わたしが連れて行きたいのは「人間のように喋る人形」であって「人形のような少女」ではない。それとも、誤解されるような事を何か話したのだろうか? ナトゥは、この村に着いた時から今までの会話を思い起こしてみました。薄紫の霧に囲まれた小さな城、突然のめまい、黒いスーツの白い肌の少年、殺風景な部屋、使用感のないキッチン・・・。
「あえーっ!! ま、まさか、人間のように喋る人形って・・・」
 突然立ち上がって叫んだナトゥの声は、最初の3秒間裏返っていました。

                          「人間のように喋る人形(7)」につづく



「ハーブ&アロマショップ」は、あなたの“癒し”を応援します。




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                                      モデル:翔 詩:巴世里人




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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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