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人間のように喋る人形(5)

「もうっ」
 オレンジ姫はしゃがみ込んだまま、ほっぺたをぷっとふくらまして翔を見上げています。薔薇の模様のついたオレンジ色の帽子、オレンジ色のドレス。ナトゥがオレンジ色の薔薇だと思っていたのは、そのドレスと帽子だったのです。
「どうしてわかったの? わたし朝からここでこうしていたけど、誰も気付かなかったのよ」
「わたしもまったく気付かなかった」ナトゥは心の中でつぶやきました。
「すみれ色の瞳が3回まばたきしました」
 翔はニコリともせず答えました。オレンジ姫の瞳は透き通ったすみれ色でした。髪は栗色でくりくりっと長く、唇もほっぺもオレンジ色でした。
「二人が通り過ぎたら、後ろからそぉーっと近づいて驚かそうと思ってたのに」
 オレンジ姫はあきらめたように立ち上がりました。身長は翔の肩ぐらいまでしかなく、歳も翔よりはちょっと下に見えました。
「なぜそんな事を?」
 翔はニコリともせず訊ねました。
「お客様を楽しませたかったのよ」 
オレンジ姫はそう答えると「うふふふふふふっ」と笑いながら駆け出しました。翔は何も言わず、後を追いました。オレンジ姫の意外な行動に、再び目と口をぱっくり開けていたナトゥも、あわてて後を追いました。
 オレンジ色の屋根に白い壁、上の方が丸くなっている窓の桟もオレンジ色、上の方が丸くなっている玄関扉もオレンジ色。その扉目指して、オレンジ姫はドレスの両脇を両手でつまみ上げ、上半身を左右に振りながら、スキップのような足取りで走って行きます。
 ああ、きっとあの扉の中にいるんだ。「人間のように喋る人形」にやっと逢えるんだ。ナトゥは目頭が熱くなるのを感じました。家を出てから2ヶ月。長い旅だった。近所のおもちゃ屋、人形店、本屋、博物館、ロボット研究所・・・あちこち探し回った。まったく見つからなくて隣町、そしてその隣国へと足をのばした。あらかじめプログラムされた言葉を喋る人形はいたが、人間と対話できる人形はいなかった。新聞や雑誌、壁に貼られた広告にも目を通した。公園で人形遊びをしている子供達に声をかけて怪しまれた。店に並んでいる人形に話しかけて店主に変な顔で見られた。
 そしてあきらめかけた頃、ある小さな国の小さな町の小さな古本屋の小太りの店主に、この村の事を教えられた。それから十日かけてこの村にたどり着いた。
 ああ、長かった旅も今日で終わる。あとはその人形と一緒に、妻と子の待つなつかしい我が家に帰るだけだ。
 オレンジ色の扉が、映画のクライマックスシーンのようにゆっくりゆーっくり開きました。実際はそれほどゆっくりでもなかったのですが、ナトゥにはそう感じられたのです。
 翔に続いて、部屋に入ろうとしたナトゥの足が突然止まりました。背後から声がしたからです。
「えーっ? いるのーっ?」
 振り返ると、金髪の王子様がこっちに向かって走って来ます。
「朝からずっと捜してるんだけどーっ、どこにもいないんだオレンジ姫ーっ!」
 そう叫びながら近づいて来る少年の背格好は翔と同じくらいですが、肩まで伸びた髪はふわふわ金髪、目は青空色、そして対照的なのがその衣装でした。レースの付いた白いシャツ、白いロングベスト、白いソックス、白い羽根の付いた黒い帽子。
 もしここに十人の人間がいたとしたら、そのうちの九人は彼を見て「あ、王子様だ!」と叫ぶに違いない、うん、とナトゥは心の中でつぶやきました。

白い王子様

「いらっしゃい、2年ぶりのお客様!」
 王子様は真っ直ぐな笑顔をナトゥに向けると、ぺこりと頭を下げました。
「1年8ヶ月ぶりよ」
 部屋の中で忙しそうに動き回りながらテーブル・セッティングをしていたオレンジ姫が、すかさず答えました。
「どこにいたの?」
 王子様は、キッチンとテーブルを往復するオレンジ姫の後を追いながら訊ねました。
「ずっとここにいたわ」
「ここって、この部屋に?」
 それにしてもこの部屋はオレンジだらけだ。ナトゥは部屋の中をぐるりと見回していました。壁は薄いオレンジ色、窓のカーテンは白地にオレンジの模様、窓際には植木鉢にオレンジ色の花、テーブルクロスはオレンジ色とグリーンのチェック柄。そしてナトゥは、もしここに十人の人間がいたら、十人ともするだろうと思われるようなつまらない質問を、オレンジ姫にしてしまいました。
「オレンジが好きなんですか?」
「ううん、お庭。いいえ、好きじゃないわ、どっちかというときゅうりの方が好き」
「庭のどこ?」
「え、きゅうり・・・?」
「ええと、お口に合うかしら、ナトゥ・ミソジュールさんは西の方からいらしたから、西っぽい料理をお作りしたんですけど」
 テーブルの上は、湯気が立ち上るスープやこくっとしたタレのかかったお肉、色とりどりの野菜のサラダでいっぱいになっていました。
「なぜ私の名前や西から来た事を知っているのだろう?」という疑問は、もう1ヶ月以上もちゃんとした料理を流し込まれていないナトゥの胃袋の願望に、あっけなくかき消されました。
「いただきます」
 ナトゥは、みじん切りしたパセリを上品に浮かべたクリーム色のスープをひとさじすくい、口に運びました。甘いコーンの香りと一緒に、サラリとトロリの中間ぐらいの濃さの液体がのどを通り過ぎると、身体中に幸せのぬくもりが満ちていくようでした。
「作ったのは君じゃなくてイチゴマジューだろ」
 やや身体をかがめてナトゥの顔をのぞき込んでいたオレンジ姫は、王子様のこの鋭い一撃にムッとする様子もなく、サラダの隣にある白い小さな器をスッと指差しました。
「これ、このドレッシング私が作ったの」
「それだけ?」
 これにはオレンジ姫もカチンと来たらしく、両手を腰に当てるとややきつめの口調で言い返しました。
「じゃあ、アルフォンス、あなたは? あなたは何をしたの?」
 どうやらアルフォンスというのが王子様の名前らしいが、イチゴマジューというのは誰だろう? この料理の制作者だというなら、腕のいい料理人に違いない。だがそんな事より、ナトゥが今一番気になっているのは、二人の口論はもしかしたら自分が原因じゃないだろうか? という事でした。ナトゥは切り分けた柔らかいラム肉をフォークに刺したまま、右後ろで顔を突き合わせている二人の方を、心配そうに見やりました。
 その時、ナトゥの右斜め前の椅子に座り、両手をテーブルの上で組み、眠っているかのように目を閉じていた翔が、その目と口をゆっくり開きました。

                                  「人間のように喋る人形(6)」につづく









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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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