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人間のように喋る人形(3)

 すすめられた椅子に腰掛け、旅人は頭の中を整理していました。
 少年は、繊細な草花模様が描かれたティーポットから、琥珀色の液体を同じ模様のカップに注ぎ終わると、旅人の目の前に差し出しました。
「アップル・ミント・ティーです」
 ティーカップがソーサーからわずかにはなれて戻った「カチャ」と、ソーサーが木目模様のテーブルをたたいた「コト」が重なり合った音が、静かな室内にひびき、少年の白いややふっくらした指がカップから離れました。
 その音が合図でもあるかのように、旅人は口を開きました。
「わたしはナトゥ・ミソジュールといいます。ずっとずっと、ずぅーっと西の方から来ました」
 アップル・ミントの香りが、あせりと不安でこわばっていたナトゥの両肩にやさしく手を置いて、落ち着きを取り戻させたようです。ナトゥの表情は、町役場で住民の苦情に真剣に耳を傾ける「真面目で信頼できる職員」の顔になっていました。
「地元の町役場で12年間働いていました。苦情係をしていた時に、住民から苦情や面白い話、不思議な話をたくさん聞きました。でもこんな話は聞いた事がありません」
 ナトゥは、この村に足を踏み入れてからの事を話しました。「朝起きたばかりでまだはっきり目が覚めていないおじさん」とか「空想小説の好きな頭のいかれたおじさん」と思われないように、両眼に「真実!」の火を灯し、オーバーにならない身振り手振りを加え、誠実さを込めて話しました。 
ナトゥの正面の椅子に座り、シャン!と背筋を伸ばし、テーブルの上でスワッ!と両手を組み、相変わらず無表情で話を聞いていた少年は、ナトゥが話し終え、「ふうーっ」と長いため息をついた後に口を閉じるのを確認すると、静かに答えました。
「それは、ここがあなた方の住む空間とは違う空間だからです」
「違う空間・・・?!」
 少年があんまりあっさりはっきり答えるので、ナトゥはちょっと気が抜けました。信じてもらうために、ありったけの知識と経験を結集して話した自分が馬鹿みたいに思えました。でも今やそんな事は、となりのケンチン家の息子が自分の部屋のカーテンをグレーのチェック柄に替えたら母親にこっぴどくしかられた、と同じくらいどうでもいい事になっていました。
「違う空間」という言葉が、いつの間にかナトゥの心の一番奥の部屋にしまわれていた小箱の蓋をポカリと開けたのです。箱の中に閉じこめられていた、SF小説を夢中で読んでいた少年の頃のわくわくした気持ち、主人公と一緒に不思議な空間を旅し、いくつかの試練を乗り越え、目的を達成した時の感動、夢やときめきやあこがれなんかが一気に飛び出し、ナトゥの全身を花吹雪のように駆けめぐりました。

開いた小箱


「違う空間・・・て、まさか四次元空間?」
 ナトゥは黒い瞳を輝かせながら訊きました。
「いいえ。ここが四次元なら、あなたは今、人間の身体を保っている事は出来ません」
 そんな事ぐらい、ナトゥにもわかっていました。「三次元生物は四次元世界ではこうなる」想像画を、何かの本で見た事があるから。それは無数の球体がぐちゃぐちゃにくっついた物体で、しかもその形は絶えず変化している、という絵でした。
 ナトゥはただ何となく「四次元」という言葉を言ってみたかっただけなのでした。
 少年はさらに続けました。
「ここもあなた方の世界と同じ三次元世界です。縦、横、高さに時間を加えて四次元とするのが一般的ですが、三次元世界にも一方方向ですが時間は存在します。だからこの世界も四次元である、という説がありますが、とりあえず三次元という事にしておきます。お茶、いかがですか?」
「あ、いえ、もう・・・」
 ナトゥは右手を少し上げ、丁寧に断りました。アップルミント・ティーがまずいからというわけではなく、どちらかというと好みの味でしたが、今はとにかく話の続きを早く聞きたかったのです。
 少年は申し出を断られて嫌な顔をするでもなく、逆に席を立ってティーポットからお茶をそそぐ仕事をしなくてすんでほっとしている、という風でもなく、何事もなかったように話を続けました。
「ただ、ここでは作者の意志が現実化するのです」
「え? 作者・・・?」
「はい、この巴世里村を作られた方です」
「この村を作った・・」
 ナトゥは頭の右端に手をやり、ややカールした黒髪をくしゃくしゃっと掻きました。「作者」という言葉が、強風に吹き飛ばされまいと頑張っている洗濯物のように頭の右端に引っかかってしまったのです。「作者」というのは普通絵画や小説などの「作品」に使われる言葉じゃないのか?「村の作者」という言い方は変だろう。どうも気になる。だが、ここは取りあえず話を進めよう。
「この村を作った・・・のは、それはきみのお父さん? いや、おじいさんとか?」
「いいえ、僕には父も祖父もいません。この村を作ったのは人間です」
「人間?」
 ナトゥは両手で黒髪をくしゃくしゃくしゃと掻き回しました。さっきの洗濯物が、物干し竿を軸にくるくると回転しているような感じがしました。そんな答えを聞きたかったのじゃない。ナトゥはどう質問したら良いものかと、考えていました。 
「はい、人間です。ただ、その方には普通の人間にはない不思議な力があるのです。あなたのサイズに合わせてこの村を大きくしました。あなたの衣服や身体があまりに汚れていたのできれいにしました」
 洗濯物の回転は止まりました。なるほどそういう事か、そういう事ならこの村に入ってからの不思議な出来事もすべてつじつまが合う。最初に見たあの小さな城も幻覚でも蜃気楼でもなく、現実だったんだ。・・・いや、ちょっと待てよ、そんなすごい力を持った人間が本当にいるのか?「超能力」についてはわたしも少しは知っている。スプーンを曲げたり、手を使わず物を動かしたり、その程度の力ならもしかしたら人間にもあるかも知れない、とちょっとは信じている。でもこれは・・・村一つ何とか出来るほどの、そんなすごい超能力を持った人間がいるのか?
「それはつまり『超能力』ですか? でも、そんなにすごい力を持った人間が本当にいるのですか?」
「いいえ、そんなすごい人間はいません」
「は?」

                                      「人間のように喋る人形(4)」に続く






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プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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