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人間のように喋る人形(4)

「ご存じかと思いますが、この村は5つの森と4つの谷と3つの沼を越えた所にあります。東西南北どの地点からでも、それらを越えなければたどり着けません。それがどういう事かおわかりですか?」
「えーと・・・」
「つまり、5つの森と4つの谷と3つの沼はほぼ円形にそれぞれを囲むように広がっていて、そのちょうど中心がここなのです」
「あ、なるほど」
「そういう場所は地球上ではここだけで、そしてそこは、精霊が支配する空間です」
「精霊?!」
 ガタッ!と音を立てて、ナトゥは立ち上がりました。そのまま天井を突き抜けて、シュボシュボシュボッと宇宙にまで飛んで行きそうになりました。
 初めて「精霊」に出会ったのは、何歳の頃で、何という本でだったか忘れてしまったけれど、本気で存在を信じていた。精霊とか妖精とか、巨人とか小人とか魔法使いなんかに、いつか必ず逢えると信じていた。なぜ、いつの間に、記憶から、心の中から、消え去ってしまっていたのだろう? ナトゥは両手で顔をおおい、両方の中指で、涙が出そうになる目頭を押さえました。
「あの方は偶然この場所を見つけ、精霊達の許可を得てこの村を作り、僕たちを住まわせたのです」
 ナトゥはもう、疑う事をやめていました。「信じたい」という気持ちが、なつかしさやときめきなんかを味方にして、ぶわっ!と大きくふくらんでいました。
「精霊達は、人間に不可能な事を簡単にやってのけます。あの方はただ彼らと対話が出来る、というだけの事です。何かお探しですか?」
 椅子に戻ったナトゥは、顔は正面を向いたまま、目だけを上下左右にうろうろさせていました。ここなら、精霊がいるここなら、きっといるに違いない、そう思ったら目が勝手に捜索を始めていました。と言っても、ナトゥの右側にやや大きなチェストが一つあるだけで、「俺はどんなにぐちゃぐちゃした部屋でもお宝がどこにあるか探し当てられるぜ」と自慢する泥棒が見たらがっかりするようなガランとした部屋でしたが。南側と思われる壁には窓が二つ、それぞれ薄いブルーのレースのカーテンが掛けられていて、二つの窓の間には白い額に入れられた風景画が一枚飾られています。
 玄関を入って真っ直ぐ十歩ほど歩いた所に二階に続く階段があり、右側がこの部屋、左側にキッチンがあります。なぜキッチンだとわかったかというと、少年がここからティーセットを運んで来たからです。開けっ放しのドアからキッチンの内部が少しだけ見えますが、この部屋と同じようにサラッとしているような感じです。
「あの・・・ですね」
 ナトゥは思い切って訊ねる事にしました。膝の上に置いた両手の拳に、期待を握りしめて。
「あの・・・ここに『人間のように喋る人形』がいる・・・と聞いてきたのですが・・・」
 少年は一瞬驚いたような顔をしました。少年のこんな表情を初めて見たので、ナトゥの方も驚きました。同時に不安が少し拳の中に入り込みました。
「『人間のように喋る人形』ですか。それなら、いますが、ここに」
「本当ですか!」
 ナトゥはまたガタッと音を立てて立ち上がりました。
「髪がくりくりっと長くて、レースとかフリルとかついた綺麗なドレスを着てて、そんなかわいい女の子の人形がいますか?」
 少年は少し考えているようでしたが、しばらくするとススーと椅子が床をすべる音がして、立ち上がりました。
「どうぞこちらへ」
 少年はナトゥに軽く会釈をしてから、キッチンの方に歩き出しました。ナトゥは、はしゃぐ少年のような足取りで少年の後に続きました。
 キッチンは思った通り、サラッとしていました。右側に簡単な作りのシンクが一つ、左側には食器棚、中にはお皿が数枚とグラスが数個、それだけでした。ナトゥが「食事はどうしているのだろう」などと考えながら歩いていると、少年が突然立ち止まり、後ろを振り向きました。ぶつかりそうになったナトゥは前に出そうとしていた右足を「あらよっ」と後ろに戻したので、衝突は避けられました。
「申し遅れました。僕は翔(しょう)といいます」
 ナトゥはしばらく動けませんでした。30㎝ほど間近で見た少年の顔があまりに白くて綺麗だったからです。確かに若い頃は血管もそれほど目立たないし、シミやほくろも多くないですが、ニキビ跡も蚊に刺された跡もない、まるで大きなゆで卵の殻をむいてそれに凹凸を付け、そこに目鼻口をくっつけたとしか思えないすべっとした肌を、ナトゥは見た事がありませんでした。
 カチャッと音がして、柔らかな光とかすかなハーブの香りがキッチンに流れ込んで来ました。3mほど先に、外に出ようとしている翔の後ろ姿を見つけると、ナトゥは急いで駆け寄りました。
 そこは花園でした。チューリップに薔薇、ひまわり、すずらん、ラベンダーなどがそれぞれかたまって、あるいは数本ずつ離れて、雑草(いや、雑草という言い方はふさわしくないかも知れない。だいたい何をもって雑草とそうでないものとを区別するのだ? 地面から芽を出して葉を付け花を開くのはチューリップや薔薇と同じじゃないか)と一緒に花を咲かせています。右側には桜が満開で、左には山ぶどうがおいしそうに実っています。ナトゥが家を出たのは9月の初め頃でした。ナトゥの国もそうですが、北半球のほとんどの国では今は秋のはずなのです。この庭には季節がない。でも、今のナトゥはそんな事で驚いたりしませんでした。ここには「人間に不可能な事を簡単にやってのける精霊」がいるのですから。
 植物達の隙間には細い芝生の道があり、道の先にオレンジ色の屋根の小さな家が見えます。その家からやや離れた場所にもう一件、そのずっと奥の方にも一件、ナトゥの位置からは三件の小さな家が見えました。オレンジ色の家の玄関に近づいた時、翔は突然立ち止まり、右下の薔薇の茂みに目をやりました。ナトゥも、翔の視線の先にある、ピンクとオレンジ色と白の薔薇がからまっている茂みを見つめました。
「何をしているのですか?」
 翔は薔薇達に声をかけました。するとオレンジ色の薔薇がゆらゆらと揺れ、そこからかわいい女の子の顔がじわーっと現れ、唄うようにつぶやきました。
「わたしは薔薇、わたしは薔薇、わたしを呼ぶのはだ~れ? 甘い香りの誘惑に負けたミツバチさん? それともロマンチストの王子様?」
 翔は、驚いて目と口をぱっくり開けているナトゥの方に振り向き、こう告げました。
「オレンジ姫です」

オレンジ姫

                                    人間のように喋る人形(5)につづく





 

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人間のように喋る人形(5)

「もうっ」
 オレンジ姫はしゃがみ込んだまま、ほっぺたをぷっとふくらまして翔を見上げています。薔薇の模様のついたオレンジ色の帽子、オレンジ色のドレス。ナトゥがオレンジ色の薔薇だと思っていたのは、そのドレスと帽子だったのです。
「どうしてわかったの? わたし朝からここでこうしていたけど、誰も気付かなかったのよ」
「わたしもまったく気付かなかった」ナトゥは心の中でつぶやきました。
「すみれ色の瞳が3回まばたきしました」
 翔はニコリともせず答えました。オレンジ姫の瞳は透き通ったすみれ色でした。髪は栗色でくりくりっと長く、唇もほっぺもオレンジ色でした。
「二人が通り過ぎたら、後ろからそぉーっと近づいて驚かそうと思ってたのに」
 オレンジ姫はあきらめたように立ち上がりました。身長は翔の肩ぐらいまでしかなく、歳も翔よりはちょっと下に見えました。
「なぜそんな事を?」
 翔はニコリともせず訊ねました。
「お客様を楽しませたかったのよ」 
オレンジ姫はそう答えると「うふふふふふふっ」と笑いながら駆け出しました。翔は何も言わず、後を追いました。オレンジ姫の意外な行動に、再び目と口をぱっくり開けていたナトゥも、あわてて後を追いました。
 オレンジ色の屋根に白い壁、上の方が丸くなっている窓の桟もオレンジ色、上の方が丸くなっている玄関扉もオレンジ色。その扉目指して、オレンジ姫はドレスの両脇を両手でつまみ上げ、上半身を左右に振りながら、スキップのような足取りで走って行きます。
 ああ、きっとあの扉の中にいるんだ。「人間のように喋る人形」にやっと逢えるんだ。ナトゥは目頭が熱くなるのを感じました。家を出てから2ヶ月。長い旅だった。近所のおもちゃ屋、人形店、本屋、博物館、ロボット研究所・・・あちこち探し回った。まったく見つからなくて隣町、そしてその隣国へと足をのばした。あらかじめプログラムされた言葉を喋る人形はいたが、人間と対話できる人形はいなかった。新聞や雑誌、壁に貼られた広告にも目を通した。公園で人形遊びをしている子供達に声をかけて怪しまれた。店に並んでいる人形に話しかけて店主に変な顔で見られた。
 そしてあきらめかけた頃、ある小さな国の小さな町の小さな古本屋の小太りの店主に、この村の事を教えられた。それから十日かけてこの村にたどり着いた。
 ああ、長かった旅も今日で終わる。あとはその人形と一緒に、妻と子の待つなつかしい我が家に帰るだけだ。
 オレンジ色の扉が、映画のクライマックスシーンのようにゆっくりゆーっくり開きました。実際はそれほどゆっくりでもなかったのですが、ナトゥにはそう感じられたのです。
 翔に続いて、部屋に入ろうとしたナトゥの足が突然止まりました。背後から声がしたからです。
「えーっ? いるのーっ?」
 振り返ると、金髪の王子様がこっちに向かって走って来ます。
「朝からずっと捜してるんだけどーっ、どこにもいないんだオレンジ姫ーっ!」
 そう叫びながら近づいて来る少年の背格好は翔と同じくらいですが、肩まで伸びた髪はふわふわ金髪、目は青空色、そして対照的なのがその衣装でした。レースの付いた白いシャツ、白いロングベスト、白いソックス、白い羽根の付いた黒い帽子。
 もしここに十人の人間がいたとしたら、そのうちの九人は彼を見て「あ、王子様だ!」と叫ぶに違いない、うん、とナトゥは心の中でつぶやきました。

白い王子様

「いらっしゃい、2年ぶりのお客様!」
 王子様は真っ直ぐな笑顔をナトゥに向けると、ぺこりと頭を下げました。
「1年8ヶ月ぶりよ」
 部屋の中で忙しそうに動き回りながらテーブル・セッティングをしていたオレンジ姫が、すかさず答えました。
「どこにいたの?」
 王子様は、キッチンとテーブルを往復するオレンジ姫の後を追いながら訊ねました。
「ずっとここにいたわ」
「ここって、この部屋に?」
 それにしてもこの部屋はオレンジだらけだ。ナトゥは部屋の中をぐるりと見回していました。壁は薄いオレンジ色、窓のカーテンは白地にオレンジの模様、窓際には植木鉢にオレンジ色の花、テーブルクロスはオレンジ色とグリーンのチェック柄。そしてナトゥは、もしここに十人の人間がいたら、十人ともするだろうと思われるようなつまらない質問を、オレンジ姫にしてしまいました。
「オレンジが好きなんですか?」
「ううん、お庭。いいえ、好きじゃないわ、どっちかというときゅうりの方が好き」
「庭のどこ?」
「え、きゅうり・・・?」
「ええと、お口に合うかしら、ナトゥ・ミソジュールさんは西の方からいらしたから、西っぽい料理をお作りしたんですけど」
 テーブルの上は、湯気が立ち上るスープやこくっとしたタレのかかったお肉、色とりどりの野菜のサラダでいっぱいになっていました。
「なぜ私の名前や西から来た事を知っているのだろう?」という疑問は、もう1ヶ月以上もちゃんとした料理を流し込まれていないナトゥの胃袋の願望に、あっけなくかき消されました。
「いただきます」
 ナトゥは、みじん切りしたパセリを上品に浮かべたクリーム色のスープをひとさじすくい、口に運びました。甘いコーンの香りと一緒に、サラリとトロリの中間ぐらいの濃さの液体がのどを通り過ぎると、身体中に幸せのぬくもりが満ちていくようでした。
「作ったのは君じゃなくてイチゴマジューだろ」
 やや身体をかがめてナトゥの顔をのぞき込んでいたオレンジ姫は、王子様のこの鋭い一撃にムッとする様子もなく、サラダの隣にある白い小さな器をスッと指差しました。
「これ、このドレッシング私が作ったの」
「それだけ?」
 これにはオレンジ姫もカチンと来たらしく、両手を腰に当てるとややきつめの口調で言い返しました。
「じゃあ、アルフォンス、あなたは? あなたは何をしたの?」
 どうやらアルフォンスというのが王子様の名前らしいが、イチゴマジューというのは誰だろう? この料理の制作者だというなら、腕のいい料理人に違いない。だがそんな事より、ナトゥが今一番気になっているのは、二人の口論はもしかしたら自分が原因じゃないだろうか? という事でした。ナトゥは切り分けた柔らかいラム肉をフォークに刺したまま、右後ろで顔を突き合わせている二人の方を、心配そうに見やりました。
 その時、ナトゥの右斜め前の椅子に座り、両手をテーブルの上で組み、眠っているかのように目を閉じていた翔が、その目と口をゆっくり開きました。

                                  「人間のように喋る人形(6)」につづく









人間のように喋る人形(6)

「気になさらないで下さい。久しぶりのお客様なので、二人ともはしゃぎすぎているのです。それで・・・」
 翔はそう言うとナトゥから視線をはずし、まぶたを半分ぐらい閉じました。ナトゥは、とろけそうなラム肉をほとんど噛まずにゴクリと飲み込んでから、次の言葉を催促するかのように翔の顔を見つめました。翔のほぼ真上にある、ランプを三つくっつけたようなシャンデリアから伸びた光が、長いまつげの影を白い頬の上にまで落としています。
「それで、オレンジ姫は気に入りましたか?」
 後ろの二人の口論の中心はオレンジ姫が化けていた薔薇の種類に移っていましたが、翔のその言葉にピタリと口を閉じ、同時にナトゥの方に視線を投げました。翔は半分閉じたまぶたの下のグリーンの瞳で、のぞき込むようにナトゥを見つめています。

6本の視線

 ナトゥは、6本の視線が顔面と後頭部に突き刺さるのを感じ、黄金色に輝くフルーツトマトに伸ばしたフォークをツツツーと引っ込めました。突然空気の流れが止まったような気がして、ナトゥは少し戸惑いました。なぜ翔はこんな質問をするのだろう? 誠実で賢そうなこの少年を信じ、ここまで素直に着いて来た。なのに「オレンジ姫を気に入りましたか?」とはどういう事だ? 何だか腹立たしいような悲しいような、変な気持ちがしました。もしかしたら翔は質問を間違えているのか? それとも、私にではなく他の誰かにした質問なのか?
 そこでナトゥは確かめてみる事にしました。
「え? 私が・・・ですか?」
「はい、オレンジ姫は気に入りましたか?」
 例えば、洋服屋に新しいスーツを買いに行って、試着室から出てきた私に店員がもみ手をしながら「気に入りましたか?」と訊ねる。理髪店に行って「お任せ」で散髪してもらい、終わってから理容師が鏡に映る私に向かって「いかかですか、気に入りましたか?」と訊ねる。私が今まで経験した「気に入りましたか?」はだいたいそんな感じだ。
 自分のスーツや髪型なら、思いっきりわがままに気に入る入らないを答えられる。だが今回の「気に入りましたか」はちょっと様子が違う。女の子を、自分の娘ぐらいの歳の少女を気に入ったかどうか訊かれたのは、生まれて初めての事だ。それに、この張りつめた空気は何だ?
 あ、もしかしたらこれは謎解きみたいなものなのかも知れない。ナトゥは、子供の頃何かの本で読んだ、旅人とスフィンクスの話を思い出しました。通りかかる旅人にスフィンクスがなぞなぞを出し、答えられなければ旅人はそれ以上先には進めない、という話です。
 なぜそんな事を訊くのか、と翔に訊き返す事も出来ました。でも今のナトゥは何だか勝負したい気分でした。
 研ぎすまされたような静寂が四人を包み、この部屋全体、いやこの村全体がナトゥの答えを固唾を呑んで待っているような、そんな気配が漂い始めていました。その沈黙を、やや低めのナトゥの声が破りました。
「はい、とても。賢そうでかわいいお嬢さんですね。うちの娘と同じくらい」
 ナトゥが言い終わると同時に、「あーっ」と「おーっ」が混ざり合ったような声が外の方から聞こえました。それは人々のざわめきのようでもあり、森を揺らす風のようでもありました。ナトゥは驚いて翔の顔を見、それから振り向いてオレンジ姫、そしてアルフォンスの顔を見ました。三人とも、さっきと同じポーズにさっきと同じ表情で、身動き一つしません。今のは空耳だったのだろうか? とナトゥが思い始めた時、翔が口を開きました。
「わかりました。でもそれにはちょっと・・・問題があります」
 おそらく、この家に「人間のように喋る人形」がいて、そしてその人形はオレンジ姫が大切にしていて、手放したくないと思っているに違いない、ナトゥはそう推理し、「ナトゥ・ミソジュールさんにならこの人形を譲ってもいいわ」と思わせなくてはならない、という結論から出た回答だったのですが、それがスフィンクスの満足する答えだったのかどうかはわかりません。しかし、この関門を通過する事は出来たようでした。
ナトゥのそんな思わくをよそに、翔は話を続けました。
「イチゴマジューというのは、オレンジ姫と一番仲のいい精霊です。イチゴマジューは彼女の言うことしかききません。というか、この村で精霊と会話出来るのはオレンジ姫だけなのです。あなたがこの村に向かっている事を知らせてくれた第二の谷の精霊も、オレンジ姫にだけその事を伝え、彼女が僕たちに伝えた、という訳です」
 翔はそこまで言うと、ふうっとため息をつき、窓の方を見ました。カーテンの隙間からのぞく外の風景は、薄い闇に包まれていました。そろそろ日が暮れる。今夜はここに泊めてもらう事になるかも知れない。泊めてもらえるだろうか? ナトゥはちょっと心配になりました。
「僕にもアルフォンスにも精霊の姿は見えるのですが、話しかけても答えてくれません」
 翔はナトゥの方に向き直り、相変わらず伏し目がちでぼそっと言いました。
「翔は真面目すぎ、アルフォンスは不真面目すぎるからよ、ねっ」
 オレンジ姫が、自分の左下の空間に向かって話しかけました。
「そうか、お前は真面目でも不真面目でもない中途半端な奴が好きだったのか」
 アルフォンスが、オレンジ姫の左下の空間に向かって言葉を投げました。その空間にはきっと精霊がいるのだろう、とナトゥは直感しました。オレンジ姫と仲のいいイチゴマジューという精霊だろうか? ナトゥは目を広げたり細めたり首を傾けたりして精霊の姿を探しましたが、そこにあるのは透き通った空間だけでした。
 オレンジ姫がまた腰に両手を当ててアルフォンスに何か言おうとしましたが、翔の言葉がさえぎりました。
「オレンジ姫がいなくなったら、精霊たちは・・・」
「大丈夫、パープル屋敷のパップルがいるわ。彼女なら精霊たちに気に入られてる」
と、オレンジ姫。
「あの娘はこの村に来たばかりだし、まだ言葉もちゃんと話せないよ」
と、アルフォンス。
「あのぅ・・・オレンジ姫はどこかへ行かれるのですか? あ、もしかして結婚されるとか・・・」
と、ナトゥ。ナトゥにとってはどうでもいい事でしたが、何だか話の中に入りたい気分でした。
「えっ、あなたが連れて行かれるんじゃないんですか?」
「へっ、あんたが連れて行くんじゃないのか?」
 翔とアルフォンスがほぼ同時に喋りました。
「えっ、わたしがオレンジ姫を連れていくんですか?」
 いつの間にそんな話になっているんだ? そんな事言った覚えはないぞ。わたしが連れて行きたいのは「人間のように喋る人形」であって「人形のような少女」ではない。それとも、誤解されるような事を何か話したのだろうか? ナトゥは、この村に着いた時から今までの会話を思い起こしてみました。薄紫の霧に囲まれた小さな城、突然のめまい、黒いスーツの白い肌の少年、殺風景な部屋、使用感のないキッチン・・・。
「あえーっ!! ま、まさか、人間のように喋る人形って・・・」
 突然立ち上がって叫んだナトゥの声は、最初の3秒間裏返っていました。

                          「人間のように喋る人形(7)」につづく



「ハーブ&アロマショップ」は、あなたの“癒し”を応援します。




人間のように喋る人形(7)

 薄紫の霧の向こうにぼんやり揺れている大きな光は太陽だろうか。木々や草花の薄く長い影に、時折流れ落ちる朝露の滴が吸い込まれて行く。
 この太陽は本物だろうか? 私が故郷で見る太陽と同じだろうか? いや、この村は精霊の村。何でも出来る精霊たちが作った村。太陽の一つや二つ簡単に作れるだろう。人形を人間に変えてしまうほどの力があるのだから。
 それに気付いたのは昨日の夜。目の前にいる少年少女が、ずっと探し求めていた「人間のように喋る人形」だったなんて。
 それからナトゥは長い話をしました。
 学校を出てからずっと地元の町役場に勤めていた事。2年前に「苦情係」の課長に抜擢された事。給料は増えたが忙しくて家族と過ごす時間が減ってしまい、1年に1度の二泊三日の家族旅行が出来なくなってしまった事。それが原因で子供達に嫌われてしまった事。
「いやいや、夜中だろうが休みの日だろうが構わず電話してくるんですよ。誰それさんちの塀が壊れそうだ。川に杖が落ちた。入れ歯が見つからない。ほとんど一人暮らしのお年寄りからでしたけどね。これは苦情係担当じゃないだろー、って思いながらも出かけて行くんですよ。仕事だから。そりゃあ家族だって嫌んなりますよ。それでも12歳の息子トッフィは挨拶ぐらいは返してくれるんです。でも今年9歳になる娘のキナはまるで私がいてもいないような態度をとるんです」
 ナトゥはふうっとため息をついてからオレンジ姫が煎れてくれたカモミールティーを一口すすると、話を続けました。
「でね、キナの誕生日に、9月が誕生日なんですけどね。で、プレゼントは何が欲しいかそれとなく妻に訊いてもらったんです。そしたら『人間のように喋る人形』って。ボタンを押して『おはよう』とか喋るんじゃなくて、ちゃんと人間のように会話してくれる人形。そんな人形いるかなぁ、って思いながら、でもすぐに見つかるんじゃないかって気もしていて、3日間、何とか有給休暇取って・・はぁっ・・長い旅になってしまいました。何度もあきらめようと思いましたよ、そりゃあ。でもやめられなかった。役場はとっくにクビになっている。家に電話がかかってくる『ご主人はおられますか?』すると妻は答える『あの人は今旅に出ています』子供達もこう答える『パパは今旅をしています』はははっ」
 ナトゥはカモミールティーをゆっくり飲み干しました。
「娘の誕生日はもうとっくに過ぎてしまいました」
カモミールティー


 帰れなかったのじゃなく、帰りたくなかったのかも知れない。
 いつも笑顔を絶やさなかった妻も最近笑わなくなった。子供達は寄りつかなくなった。でも、野菜以外の食料、洋服は買わなくてはいけない。学費や税金も払わなくちゃならない。だから仕事を辞めるわけにはいかない。そんな現実世界に帰るくらいなら、このままずっと旅人になっていた方がいい。
 そんな事を考えながら雑草の入り交じった柔らかい芝生を踏むナトゥの足取りは、決して重くはありませんでした。
「おみやげっ」
 挨拶をしようと足を止めて後を振り向いたナトゥに、口を紐できゅっと締めた巾着型の布袋をオレンジ姫が差し出しました。ナトゥが受け取り、紐をほどいて中を見てみると小さな紙袋が5、6個入っていました。手を入れて紙袋を触るとツブツブ、ジャリジャリしていました。
「種ですか?」
 ナトゥが訊ねました。
「そう、ラベンダーとレモンバームとパセリと、それから、えーと・・あ・・忘れちゃった」
 オレンジ姫は首をちょっとすくめ、うふふふっと笑いました。
「すみません、せっかく来ていただいたのに」
 オレンジ姫の後にいた翔がぼそっと言いました。
 昨夜、ナトゥの長い話が終わった後、短い議論がありました。オレンジ姫を連れて帰りたい、というナトゥ。オレンジ姫が村からいなくなると困る、という翔。大丈夫よ、というオレンジ姫。そして、三人の意見をずっと聞いていたアルフォンスが放った一言で、その議論はあっけなく終わったのでした。
「でもこの村を出たら喋れなくなっちゃうよ」
 そうなのです。この村にいる人形達は、精霊の力が働いているこの村でしか人間のように行動できないのです。この村を出たら、オレンジ姫は30㎝くらいの何処にでもいるセルロイド人形になってしまうのです。
「いえいえ」
 無表情でややうつむき加減の翔に、ナトゥは話し始めました。
「昔、子供の頃にね、こんな感じの村に行った事があるんです。君たちみたいな人形じゃなかったけど、動物達だったけど、人間みたいに二本足で立って歩いて、もちろん人間みたいに話しもする。本の中だったか、夢の中だったのか定かではないんですけどね。ずっと忘れていました。この感じ。これを娘へのプレゼントにします。この感じを持って帰って、全部話してあげます。聞いてくれるかどうかわからないけれど。だから・・ありがとう・・あっ!」
 ぺこりと頭を下げたナトゥは自分の靴が黄色い花を踏んでいるのに気付き、あわてて飛び退きました。
「うわーっ、申し訳ない」
 ナトゥはしゃがみ込み、地面にペタッと貼り付いている黄緑色の細い茎を起こそうとしました。
「平気よ、強いから」
 オレンジ姫が言いました。
「これは何という花ですか? 見た事ないな・・」
 ナトゥは訊ねました。手の平を大きく広げたような大きな緑色の葉、その間から放射状に細い茎が伸び、そこからさらに枝分かれした茎に黄色い可憐な花が散りばめられています。 
「レディース・マントルというハーブよ。『聖母マリアのマント』という意味ね」
 オレンジ姫が答えました。
「レディース・マントル・・へぇ・・妻が喜びそうなハーブだな」
 ナトゥは葉っぱの端をつまんで、葉の上の銀白色の雫をころころ転がしてみました。
「その種なら俺んちにあるよ。待ってて!」
 翔とオレンジ姫の後でうろうろ歩き回っていたアルフォンスが、そう言うなり村の中心目指して走り出しました。呆気に取られたナトゥは、少年の後ろ姿を少しの間見やっていましたが、そのうち、青い屋根の城とその周りを囲む木々や草花を名残惜しそうに眺め回しました。
「はいっ」
 すぐに戻って来たアルフォンスが、少しくしゃっとした茶色の小さな紙袋をナトゥに手渡しました。
「ありがとう」
 ナトゥはオレンジ姫にもらった布袋の中にそれをしまうと、思い出したように顔を上げました。
「あ、そうそう、聞きたいって思ってた事があるんですが・・」
「何ですか?」
「なに?」
「なぁに?」
 翔とアルフォンスとオレンジ姫が、ほぼ同時に聞き返しました。
「この村を作ったのは人間だって言ってましたが、その方は何処のどなたですか? 出来ればお逢いしたいのですが」
 この質問に、三人は困ったように口を閉じ、沈黙が流れました。
「それは僕たちにもわかりません。知っているのは一部の精霊だけです」
 翔が静かに答えました。
「ああ、そうなんですか。」
 ナトゥは残念そうに、それでも笑顔を三人に向けながら、うんうんとうなずきました。
「え? あ、そうなの。うん、わかった」
 突然、オレンジ姫が自分の左上の方に向かって話しかけました。
「ナトゥ・ミソジュールさん、カゼが森の外まで送ってくれるって。あ、カゼって、この村で一番強い精霊」
 ナトゥには見えませんが、どうやらオレンジ姫の左上に、そのカゼという精霊がいるようです。
「ありがとうございます。何から何まで本当に」
 ナトゥは深々とお辞儀をしてから、またうんうんうんとうなずき、それから薄紫の霧に向かって歩き出しました。三歩ほど歩いた所で、この村に足を踏み入れた時と同じようなめまいに襲われ、ナトゥはその場に倒れ込みました。

                「人間のように喋る人形(8)」につづく



theme : 自作小説
genre : 小説・文学

人間のように喋る人形(8)

 遠くの方で音がする。チ・・チ・・チチチ・・・ピチュ・・ピチュ・・・。ああ、すずめの声だ。朝か。妻のタイーズは、もう起きて畑の水やりをしているだろう。私も手伝おう。最近畑仕事の手伝いをしてなかった・・・。
 まぶたをゆっくり開いたナトゥの目に映ったのは、少しオレンジ色がかった白い空でした。ナトゥは仰向けのままぼーっとその空をしばらく見つめた後、ゆっくり上半身を起こしました。
 オレンジ色の正体は、遙かな山の合間からのぞく朝日。それが夕日でない事は、草原を包むひんやりとした空気と、その匂いでわかりました。
「帰ろう・・・」
 そうつぶやいて立ち上がろうとした時、さっきまで頭を載せていた枕代わりのリュックサックがふくらんでいるのにナトゥは気付きました。それはカーキ色のしっかりした生地で作られている、サイドにそれぞれ一つずつと後に一つポケットが付いている何処にでもあるようなリュックで、家を出た時から主に食料品を入れるために背負っていたのですが、その食料も持ち金も尽き、空腹で歩くのさえ困難になったナトゥには空っぽのリュックさえ重く感じられ、確か三つ目の谷の小石がゴロゴロしている岸辺に捨ててきてしまったはずの物でした。
 ファスナーを開けてみると、日持ちしそうなパンと缶詰、缶入りの飲み物などが入っていました。
「ありがとう」
 ナトゥは森の方に向かってペコリと頭を下げました。
 そう、この場所だった。あの古本屋の小太りの店主が教えてくれたこの場所から、東へ真っ直ぐ歩き続けた。あの巴世里村に、いつかもう一度行きたい思う事があるだろうか? 私と話してくれたのは三人だけだったけど、他にも住民がいるようだった。その人たちにも会ってみたい気がする。子供達に話したら、連れて行って、と言うだろうか? その時のためにこの場所をよく覚えておこう。
 そんな事を考えながら歩いて約一時間。赤や黄色に紅葉した木々の合間に、民家の屋根がちらほら見えてきました。その先を左に曲がると小さな駅がある。そこから電車に乗れば故郷まで一日で着く。歩いて行けば三日かかる。
 でもナトゥは歩く事に決めていました。もちろん運賃の手持ちがない事が理由ですが、それより、もうちょっと旅人でいたい、という理由の方が大きかったかも知れません。
 旅の目的は「人間のように喋る人形」を探す事だったけど、今思うとそれは現実から逃げる口実だったのかも知れない。学校を出て町役場に就職し、結婚して子供が出来て、家族を守るために一生懸命働いて・・・。そんな生活が明日もあさってもその次の日も、ずっとずっと、一生続くのか・・・。
「これでいいのだろうか? 何か忘れて来てないか?」
 そういう思いが芽生えてしまった以上どうしようもない。もう旅に出る他ないのだ。
 旅をして、巴世里村で不思議な体験をした。見えなかったけど精霊にも出会えた。良かった。他に何て表現していいのかわからない。とにかく良かった。この気持ち良さを、もう少しだけ引きずっていたい。
 ナトゥは時折足を止め、道端の木々や草花や小さな虫に話しかけ、空を仰いで宇宙の風を感じ、飛び交う鳥の羽音やさえずりに耳をかたむけ、そんな風にしながら一歩ずつ一歩ずつ現実に向かって歩いて行くのでした。

紅葉の道

「ありがとうございました」
 ナトゥは深々と頭を下げました。
 巴世里村を出て最初の夜は、見知らぬ畑の積み上げられた陸稲の中に入って夜露をしのぎましたが、二日目の夜は雨がごーごー降っていたので、通りがかった民家に駆け込みました。納屋でも鶏小屋でも牛小屋でも構わないので泊めて欲しいと言うナトゥに、その家の老夫婦は、孫の部屋が空いてるからと二階の小部屋を提供してくれました。その上、夕食にチキンの入ったシチューを、朝食には野菜スープをごちそうしてくれたのです。何もお礼が出来ないというナトゥに、では旅の話を聞かせて欲しいと老夫婦が言うので、旅人は巴世里村の話をしました。旅人歴2ヶ月ちょっとの旅人は、世界中を歩き回った旅人になったような気分で話をしました。老夫婦は、目を輝かせて旅人の話に聞き入っていました。
「またこの辺に来たら寄って下さい」
 そう言うと老婆は、手作りのイチゴジャムが入った瓶をナトゥに渡しながら微笑みました。
「本当にありがとうございます」
 ジャムの瓶をリュックにしまうと、ナトゥはもう一度頭を下げました。
「夕方には着くだろう」
 雨雲が、まだ降らし足りないとでもいうようにのろのろと東へ流れて行きます。雨に打たれてぴしゃーっと地面に貼り付いていた雑草が、頭をもたげ始めました。
 ナトゥは、我が家に続く水たまりだらけのあぜ道を歩き出しました。


 西の空が茜色に染まる頃、見覚えのあるクヌギの木が見えてきました。はしっこが壊れて地面に突き刺さっている白い柵は、乳牛をたくさん飼っているツユダーク農場の物。茶枯れた細い茎が風に吹かれてサクサク音をたてながら広がっているのは、ポタジュさんちのアスパラ畑。
「あ、そうだ!」
 クヌギの木の横を通り過ぎた時、ナトゥは思い出したように足を止めて2、3歩引き返し、やや下り坂になっている細い道を駆け降りていきました。巴世里村で最後にアルフォンスが言った言葉を思い出したからです。
「『人間のように喋る人形』がだめなら『人形のように喋る人間』でもいいんじゃない?」
 この先の水車小屋の近くに俳優志望の青年が一人で住んでいて、ナトゥが役場に勤めていた時に「何か仕事があったら下さい」と訊ねて来た事が何度かあったのです。


 あの林を過ぎれば懐かしい我が家が見えてくる。妻や子供達は元気でいるだろうか? そう言えば最近妻は隣村のでかい農場の息子と親しくしているようだった。この前彼が来た時は、ハート形のトマトの話で盛り上がっていた。今度苗を持ってきてあげますよ、なんて妻に言っていた。その後どうなったろう。子供達も、彼にはよくなついていた。二ヶ月も音沙汰のない父親の事などとっくに諦めて、私より10歳も若い彼をパパなどと呼んでいたりしないだろうか? 妻も私が帰ったらどなたですか?なんて聞きやしないだろうか?
 まぁいい。その時はまた旅に出よう。今度こそ本物の旅人になろう。

                     「人間のように喋る人形(終)」につづく





theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

プロフィール

巴世里人

Author:巴世里人
自称イラストレーターですが、時々人形服をヤフオクに出品しています。過去に出品した作品の中から、ポエム付きのものだけ載せてみました。
「人間のように喋る人形」は人形がテーマの自作小説です。難しい言葉は使ってませんので小さなお子さんにも絵本感覚で読んでいただけると思います。

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